冬が、全てをフリーズした後の話。
全てを凍てつかせる季節、このデカイ島は閉ざされている。
背をまるめ顔を火にあぶり、首筋も凍り付いて、振り向けない。
最も遠い記憶の彼方に此の場所が出てくる、それは厳しい冬のケトベツだろう。
たぶんあのチビ列車で、来たのだろう。
毛布にくるまって馬橇で運ばれたのを、微かな記憶の彼方に見え隠れしている。
被せられた毛布の隙間から次第に暗くなってゆく冬の夕焼け空と、青白く発光しているように見える、無慈悲な大気。
心細く情けなくて、不安な気持にさせる天の気。
馬の大きな身体から白い湯気が立つ。
クサリの音と鈴の音、滑る馬橇と、きしむ雪の音。
硬くて、閉じている、恐ろしく永い季節の中を、小さな乏しい光が進む。
何処までも、何時までも、明かりが消えないように、静かに僅かにゆっくりと。
いままで全てが白く凍結、全てを覆い尽くす冬の世界が永遠に居座っていたのに・・・・不思議や・・・何処から来たのか?・・・弛み始めた寒気に・・雪が溶け始める少し前・・・・身体中がむず痒いような・・・そうじゃないような・・・ボーッとして・・・畳に寝転んでいた・・・・・が、太陽が出て晴れの日が続くので外に出てみた。
始めはゆっくり、だんだん速く世界は突然に変わり始めた。
同じ白い雪さえ変わっていた。
仏頂面の険しい冬景色は、何故か優しく招き寄せる様に、微かではあるが温くい気配を感じさせる。
誘われるまま雪原に踏み出して行くと、人を飲み込んでいたサラサラの雪原は、足の下に体重を支え暗い室内から外界へと招きだすのである。
温い空気と、柔らかい空気、まだ堅い空気と、甘い空気、苦味のある空気と、香りのある空気が、まだ冷て厳しい空気の中にはさまれ、パイ生地のように何層にも折り込まれながら、流れ出してくるのだ。
雪原の中の、縞模様に迷い込み、急激な寒気に襲われたり、新芽の黄緑の匂いをかぎあてたり、気持の良い春の微かな気配に気づくと河辺に出ていました。
河原の水辺には川面の氷が溶けて、流れが所々現れている。
見えないけれど、雪の下のフキノトウの蕾が、わかるだろう。
冬を耐えていた生き物達の、動きが活発になる。
雪が融け始め、今度は二階のおばあちゃんの大きなチューリップ達が、沢山咲き始める。
自分と同じ背丈で咲いている、力強い大きな色彩の植物の主張は子供の感覚を奪う。
何処から湧いて出たのか大人の手の平ぐらいもあるアゲハ蝶が、ばあちゃんのチュウリップに集まっていて実に見事綺麗だがあの大きさがグロテスクでもあった。
余りにも美しくて目を引き付けられてしまうからなのか?
アゲハ蝶や、黄アゲハ蝶、中でも目を引く美しく怪しい、カラスアゲハ蝶に襲われるのじゃないかと、怯えた時も、あった。
二階のばあちゃんの愛情を全身全霊で応えた植物達は大きい、黄色も赤色白も大きくて、風雨でくすんだ板壁に鮮やかな植物の原色がボクの心の一部にも沁みわたってゆく。
その前で、平和なニワトリ達が、えん麦をつついていた。
北の地の春は、解凍されて我に返った植物達が動きだす季節だ。
濃い緑の勢いは、このデカイ島に潤った色彩を映し出す。
黄緑色の力を感じていたっけ。
それから春は、仔ッコが一杯だ。
ポコポコと仔ッコが出てくるのだ。
ニワトリの仔ッコは、ひよっこ。
春に生まれた、ベコッコの仔ッコ達は、母牛にミルクを貰って無邪気なものだ。
人なつっこくて柔らかくって、皆に可愛がられる仔ッコ。
でも、雄の仔ッコは、牛乳を、出さないので売られてゆくのだった。
何処へ行くの、べコッコの仔ッコは? 誰も答えなかったが、トラックの運転手のおじさんが言った。 殺されて、ハムになるんだよー!! その時、又会えるさー。
凄い、ショック!!
ボクは絶対、死んでもハムなんか食べるモンかと、心に決めたのであった。
ヒツジの仔ッコ達は、白くてポワポワの毛が可愛いが、親ヒツジは風呂に入らないので汚れていて触りたくない。
彼等は、寿命を、大体全うするだろう。
この頃には、狼も死に絶え、ジンギスカン鍋もまだ、ブームにもなっても、いなかったからだ。
ただ、しっぽを切られるのが、可哀想であった。
赤チン塗られて、緑の牧草に、赤色の痛みを、思いださせる。
痛み止めには、ならんだろう。
垂れた尻尾が良くないらしい、雲古が付いて虫が湧くんだとか。
あの汚い、メンヨウの群れをハルオジと弟達が柵に追い込んでいる、何か始まるのだ。
次々に狭い柵に追い込まれた羊達は、いつもと勝手が違うので、おどおどしている。
足を縛られ、肥ったメンヨウが、鋏みで毛を刈られるのだ。
はじめは、チョキチョキやっていたが、電気バリカンが届いた。
挟みに変わり小気味よいバリカンの音がやむと、肥った汚いメンヨウ達は生まれ変わった様にメンコクなったのだった。
スマートで奇麗、カットしたばかりのヘアスタイル。
凄いことだ! これも魔法だ!! 見違えてしまった!!!
触りたくて、追いかけたが逃げられた。
此の羊が残した羊毛が、バアチャンの手で毛糸になりそして、セーター、靴下、帽子、耳当てや手袋になるのだ。
カシクバアチャンの手が、ヒツジの毛を撚り糸車で巻取ってゆく。
ランプの灯の下、遅くまで糸車の音がする。
そしてある朝、ストーブの上の大きな釜に、湯が湧いていた。
ミカンの皮とかヨモギとか、良く分からないけれどナントとカントとかで、毛糸に色をつけるらしい。
色の付いた湯を吸った毛糸は、とても重たそうだ。
煤けて黒光りした広い部屋中に、酸っぱい臭いが広がる。
これ全部、バアチャンの仕事なのだ、雪が降る前の重労働である。 |