第1部
頭が痛い。ズキズキズキーン。 遠くで鳴ってる、太鼓のようだ。
めったにないことだ。頭が痛いので休みます。 何て、無かったものな。
休むのは、腹痛でだった。 手で、そおっと探ってみると、痛い所が、コブだ。
また、ヨッパライが、ぶっつけたのかあ? エーッ!! 記憶が無いよ。
めざめたとき頭の中に、いやーなものが、居るのが、わかったよ。
夢をみたのかもしれない。 ふとんの中でボヤ−ッとしていると、頭の中の小さな虫が、中身をカリカリカリとむさぼっている。 小さな音がするからわかるのだ。
何か餌を、やらんと全部食われっちまうぞ。
コンクリートの建物は身体が冷える。
しとしとしとしと雨の匂い、ほこり臭い冷たい空気だ。
バスのタイヤが、雨水を踏み散らす音。
二十年以上前から、同じセンスで語り続ける街頭放送。
毎度、突然の大音響!! 向いのスーパー三平ストアーの不意射ちだ。
荒野の用心棒のテーマが俺の、背中に風穴をあけて、夕陽を背に去って行く。
このビルは、戦後始めて三鷹で建ったビルだそうだ。
丸平ビル306号室、形は、一部が膨張した四辺形だ。
角部屋で二面の、窓側が平らなガラスでR状に取り付けられている
サッシは鉄製品で、昔の水槽に使っている油ネンドでコーキングされていた。
灰色の古いペンキは、二重三重に剥がれ所々赤錆で、穴が空いている。
重くて丈夫な、鉄の窓を引くと、知らんが、オスカーで観た古いフランス映画に、似てなくもない、ジャポニズムである。
上のほうの小窓は、三角形に小さく欠けて、雨は、それほどじゃないが、台風の時は、
凄いぞ。
角のR部に立ってみると、窓一面に大波がたたきつけ赤、黄、緑、信号機の光線が部屋中に投影されて、さながら荒れ狂う海の中の漁船であった。
嵐の夜になると、R部に腰をすえ酒を友に、風雨稲妻自然の現われの様を、楽しんだ。
あの場所に、古道具屋で見た繰舵輪を据え付けてみたかった。
オンボロビルの風情がけっこう俺は気にいっていた。
府中の朝日町からこのビルに移って来た頃、三階建の窓から富士山が、見えた。
向こうのビルの給水塔の横に、富士の御山がみえた。 何故かひとりで喜んだ。
昔から、人間関係が下手な自分にとって、あの山が不安な心を見守ってくれる様な気が、
少しした。
心の感度の敏感な人間は、この世の中では生きにくい。
しかし、三階の流しの窓から背伸びして見える遠い富士山は、気がついたら、いつのまにやら大きなマンションになって丸平ビルを見下ろしていた。